症例紹介
傷つけ・詰まる異物
内視鏡による摘出
猫/充電器のコード
誤飲の詳細
私は内視鏡で異物を摘出する時、必ず事前にオーナー様と良くお話をして、そこで内視鏡で異物摘出できるかどうか、つまり開腹手術を回避できるかどうかの勝ち目を、できるだけ正直にお話するようにしています。
「これはほぼ問題なく摘出できると思いますよ」
とか
「摘出できる可能性は高くない。でも開腹手術を避けられる可能性が少しでもあるのでやらせて下さい」
とか
そんな感じで、本当に正直に伝えています。
こんなことを言わなくてはいけない義務や決まりはありません。
「内視鏡での摘出を試みますが、摘出できるかどうかはやってみないと判りません」
とだけ冷たく言い放つのが最も無難なインフォームだと判っているのになぜそう言わないのか?
それは夜間救急勤務時代から何度もオーナー様に
「先生、(内視鏡で)摘出できる可能性は何%ぐらいですか?」
みたいな質問をされたからです。
確かにオーナー様の立場で考えると、獣医師から
「じゃ今から内視鏡の処置に入りますね」
と言われて
「よろしくお願いします!」
と言っているその言葉の裏で・・・
内視鏡で摘出できるんだよね!?
開腹しないで済むんだよね!?
みたいな不安があるけど、今から処置に入る獣医さんに面倒臭い質問をするのもなんだかなと思ってグッと言葉を飲み込んでいる人も実は多く、それでもやっぱり聞かずにはいられなくてつい出てくる言葉が
「何%ぐらいですか?」
というものなのかな?と勝手に想像していて、それに対して
「83.26%です!」
とは答えられませんが、事前予測を少しでも伝えてあげたほうが親切かなと思ってやっています。
謂わば私の勝手なサービス精神です。
もちろん、全くの当てずっぽうを言っている訳ではありません。
オーナー様から頂いた情報や事前検査の結果、私の過去の経験などを照らし合わせて総合的判断としてお伝えするのですが、若かりし頃は格好つけて
「楽勝っすよ。5分で終わらせます」
とか言って3時間かかって摘出できず開腹手術になっちゃったことも何度かありました。
しかし最近ではだいぶ見立てが正確になってきたので、あんまりそういうことは無くなりました。
それでも未だに
「絶対摘出できます!」
と事前に断言することはありません。
なぜなら
どう考えても楽勝でしょ?
と思ったのに、いざやってみたら想定外の光景が眼前に広がっていたということがあるからです。
前置きが長くなりましたが、今回ご紹介するのもそんな症例です。
動物種は長毛種(サイベリアン)の猫、メス、4才
かかりつけの動物病院の先生から事前にお電話を頂きました。
一昨日携帯電話の充電器のコードを食べちゃった。
X線検査で胃に写っている。
吐かせても出ない。
なので内視鏡で摘出を。
というご依頼でした。
快諾してすぐにオーナー様が猫ちゃんを連れて来院されたので早速X線検査を実施。
その時の画像がこちら。
あ~これはイケるな。と正直思いました。
オーナー様のお話では充電器のコード部分だけで両端のコネクター部は誤飲していないとのこと。
そのお話の通りコードだけクッキリ胃内に写っていて食餌等の視界を遮る邪魔物はたいして無さそう。
分断されているようなので一度に摘出できないかもしれないけど、何度かピストンでイケるでしょ?
という見立てです。
「まぁまず開腹手術にはならず割と楽に摘出できると思いますよ」
とオーナー様にお伝えして内視鏡スタート。
で、先に結論を言っちゃうと、私の宣言通り開腹せず摘出に成功しました。
実際に摘出したコードの写真がこちらです。
※念のためモザイク処理しています。見たい方は画像をクリック!
しかし私の楽観的予測とはかなり異なる道のりでした。
どう異なっていたかというと、実際の内視鏡映像をご覧下さい。
・・・・・・。
・・・・・あれ?
胃の底にコードの束が落ちている画を想像していたら・・・
何この塊???
毛玉???
気を取り直して胃の中をぐるりと内視鏡で見回しても他に何も無い。
つまり一昨日からたった二日間でこの巨大な毛玉の中にコードの束が取り込まれてしまったようです。
それならそれでこの塊ごと摘出してしまえば良いだけの話。
むしろ分断されたコードを一度にまとめて摘出できるかもと試みたのですが、思った以上にデカい!
異物を包み込んだり、投げ縄のように輪っかに通して締め上げたりして掴む器具もあるのですが、それらの器具の口径よりデカくて収まりません。
仕方ないので毛玉から飛び出ているコードの破片を掴んで引っ張ると毛玉もついてくるのですが、胃と食道の境目の噴門という狭くなっている場所でつかえてしまいます。
その掴んだ切れ端だけはすっぽ抜けるように摘出できるのですが、毛玉本体は出てきません。破片のみを数片摘出すると、いよいよもうただの巨大な毛の塊になってしまいました。
毛玉なのでどの角度からでも簡単に掴めるのですが、掴んで引っ張っても噴門でつかえてしまい、それを強引に引っ張ると千切れて、耳アカほどの小さな毛の塊だけ摘出されます。
何度かやってみましたが、何度やっても千切れてしまいます・・・
マジか?
想定していたのとだいぶ違う状況なんですけど・・・
と不安になってきましたが、気を取り直して様々な摘出器具を取っ換え引っ換え挿入してトライします。
しかしどうにも上手くいきません。
いよいよ焦ってきましたが、こういう時こそ過去の経験が活きます。
リンゴ事件を思い出して
もうこういう時は地道にいくしかない!
と心に決め、最初のシンプルな掴む鉗子に戻して、掴んで千切って摘出。掴んで千切って摘出。
と、これをいつ果てるとも知れず、何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・・・・
繰り返した結果、やっと毛玉が細くなってきました。
そこを見計らって輪っかで締めあげ最終的には巨大毛玉の捕獲に成功しました。
・・・が、トータルで2時間近く要してしまいました。
オーナー様は
「開腹にならなくて良かった!」
と大変喜んで下さいましたが、全然楽勝じゃなく麻酔時間も長くなってしまったことは正直にお伝えしてお詫びしました。
冒頭で言及したように
「内視鏡で摘出できるかどうかはやってみないと判りません」
とだけ言っていれば、こんな謝罪は必要なく、むしろ
「どんなもんじゃ~い!」
と亀田三兄弟ばりのドヤ顔対応ができたのですが、私は毎回ついついオーナー様を安心させてあげたいというサービス精神で余計なことを言ってしまって、時にはトラブルを招いてしまうこともあり反省し、もう次からは「摘出できるかどうかは判りません!」しか言わないぞと心に誓うのですが、いざ不安げなオーナー様を前にすると性懲りもなくまた
「大丈夫!まず摘出できると思いますよ!」
とか余計なことを言っちゃって、いざやってみると今回の事例のようなことがたまにあり、また反省し・・・とシーシュポスの神話のように死ぬまで繰り返すのではないかと我ながらほぼ諦めています。
ただし、これは一応言い添えておきますが、私が「楽勝っすよ」と言った時の90%以上は実際に苦も無く摘出できていますし、残りの10%弱は楽勝じゃなかった危ねえ危ねえ。と冷や汗かきつつ摘出できています。1%以下の確率ですが
「摘出できると思ったのですが、ごめんなさい」
と開腹手術になったこともゼロではありませんが。
ゼロではありませんが、内視鏡じゃ絶対無理と判断したら私は
「これは無理です。最初から開腹したほうが早いですよ」
とハッキリ言うし、そもそも内視鏡の依頼をお受けしないので、そんなに打率は悪くないです。
なので、今回こんな事例を紹介しましたが、こんなおっちょこちょいなことばかりしている訳ではないことは、どうか皆様お見知りおきを。
結局、今回の症例紹介で何が言いたかったかと言うと
胃内異物を摘出するときに開腹手術以外に100%確実に摘出できる手段はありません。
しかしほとんどのオーナー様は開腹せずになんとか出来るならしてほしいと願う筈です。
なので催吐処置や内視鏡処置でなんとかしてあげたいと獣医師は頭を巡らせます。
しかしこれらの処置は100%確実ではありません。
今回紹介した事例のように簡単に摘出できるかなと思ったら困難だったということもあり、気軽に「摘出できます!」と断言することはなかなか難しいのです。
ハッキリしたことを言ってくれない獣医師に対して
結局どっちなのよ?
摘出できるの?
できないの?
ハッキリ言ってよ!
とイラつく場面なども過去に、未来に、あるかもしれませんが、そんなに単純ではないことが今回の症例紹介で少しでも理解して頂けたらなと思い紹介させて頂いた次第です。
執筆者プロフィール
港北どうぶつ病院 院長
新井 勇人Hayato Arai
資格・所属
- 獣医師免許番号 第41079
- 横浜市獣医師会所属
経歴
-
麻布大学卒業
-
平成14年4月〜
横浜市内動物病院勤務
-
平成17年1月〜
横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事
-
平成20年3月〜
横浜夜間動物病院 院長就任
-
平成25年2月
開業準備のため退職
-
平成27年~
港北どうぶつ病院 開業
行った処置
内視鏡による異物摘出