誤飲コラム

リンゴ追いかけ(犬がリンゴを喉に詰まらせた事例)

このHP内でも中毒物と並んで大きく取り上げている物理的異物。

いくら待っても消化されない金属、鉱物、プラスティック等を誤飲してしまい、それが腸で詰まって腸閉塞を起こすというパターンが最も恐ろしい顛末な訳ですが、そんな典型的ではないパターンの異物誤飲事故も色々存在します。

ここで取り上げるリンゴもその一つで、そもそもリンゴですから異物ですらなく、普通に食べ物なわけで、待っていれば消化されそうなものですが、これがどうして命にかかわる大問題を起こすのです。

今回のコラムは私が夜間救急に従事していた頃に何度も遭遇したリンゴとのおもいでを紹介します。

 

 

夜間救急に従事するようになってまだそれほど月日が経っていなかった頃の話です。一頭の小型犬が来院。オーナー様の主訴は「リンゴのかけらを丸飲みした後から苦しそうにしている」とのこと。

確かに涎が多く、飲み込むような動作が頻回見られたので正常とは言い難いものの、今すぐに処置をしないと生命維持に関わる!という緊急性は認められませんでした。

X線検査をおこなうと食道胸部に明らかな異物陰影が認められました。

な~んだ食道でリンゴが詰まってるんじゃん。こんなの摘出する必要も無し。そのまま内視鏡の先端で押し込んで胃に落としちゃえば問題解決。あとは胃で消化されるのを待つだけ!

という見立てでオーナー様にもその旨説明。余裕っすよ。5分で終わります。と言ってはいないが、心持ちとしてはそんな感じ。

麻酔の同意を得て内視鏡を口から挿入。スルスルと食道を進んでいくと、胃に入る手前で予想通りリンゴの塊が食道を塞いでいました。

ほうら予想通りと、そのまま内視鏡の先端で押して胃に落として任務完了!

 

 

・・・・・・・のはずだったのですが・・・・・、

 

 

押しても押しても、リンゴがビクともしない。噴門(胃の入り口)を通過しない。

 

アレっ?

 

意外と固いな。食道にガッチリと食い込むように嵌っている。

じゃあ仕方ない。押せないのなら器具を使って掴んで口から引っ張り出そう。

ということで把持する器具を挿入してリンゴを掴んで引っ張ろうとすると・・・・・

 

シャリッ

 

と掴んだところだけ千切れてしまう。

何度掴もうとしてもシャリッ、シャリッっと崩れてしまい1mmも引っ張れない。

 

おいおいおいおい・・・。

徐々に焦りの色が。

 

よし、もう一度押してみよう!→ダメ

もう一回掴んで引っ張ってみよう!!→ダメ

もうちょっと強く押してみよう・・・→ダメ

こっちの器具なら掴めるかな?→ダメ

 

気付くと5分で終わると思っていた麻酔が3時間経過。リンゴは微動だにせず。

 

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!!

どうする!?

待て待て。いったん落ち着け。

これ以上内視鏡を続けても埒が明かない。

じゃ開腹手術に移行だ!いや待て、位置的には開腹じゃない。開胸だ・・・。

当時は夜間救急動物病院黎明期で私の勤務していた病院もまだ歴史が浅く、開胸手術が出来る技術も設備も充分とはとても言えない状況でした。

開胸なんて無理無理無理無理無理!

じゃあどうする!?

「麻酔を3時間もかけちゃったけど、摘出できませんでした!ごめんなさい!」とオーナー様に土下座するしかないか?

 

ってな感じでテンパるだけテンパってあたふたした挙句、最終的にどうなったかというと、胃に落とし込むことができました。

何度も何度も掴んで、千切れて、また掴んで、千切れて、と何十回、何百回とやっているうちにリンゴが徐々にグズグズになり、そこでエイヤ!と押し込んだら、噴門(胃の入り口)を通過してくれたのでした。

麻酔時間は大幅に延長してしまいましたが、後遺症も無く、症状も改善し、そのワンちゃんは無事に退院していきましたが、当時は本当に肝を冷やす体験でした。

 

その後も夜間救急にはリンゴが食道につかえた症例が沢山来院しましたが、一度わかってしまえば楽なもの。とにかく内視鏡鉗子という掴む器具を用いてリンゴを掴む。掴むと本当に少量(耳かきの先端ぐらい)のリンゴが千切れます。千切れたらまたすぐに別の場所を掴んで千切る。掴んで千切る。掴んで千切る、と助手とのコンビネーションでシャリシャリシャリシャリと掘削機のようにひたすらリンゴを削ってある程度のところで内視鏡の先端でグッと押し込んでやると、ポトンと胃に落とせるようになりました。

根気よく削っていけば必ず解決すると確証を持って削るのと、こんな耳かき程度の削りをいくらやっても、いつまでたっても解決しないんじゃないか?と不安を抱き悩みながら削るのとでは全然スピードが違い、最初は3時間以上かかったリンゴによる食道梗塞症例は、その後はどれも30分以内に胃に落とすことができるようになりました。

 

救急医療の現場で経験した今回のリンゴのような事例は獣医大学で教えてもらうことは無いし、獣医学の教科書を読んでも対処法は載っていません。その後、救急に長く携わった私にとってはいつしか当たり前のように感じられる事例ですが、色々な獣医師仲間と話をすると、皆が知っている、経験している訳ではなく、むしろ割と特殊な状況であり、そんな症例見たこともないという人も大勢いました。

何が言いたいかというと、このコラムを読んでいるオーナー様の愛犬がもしリンゴを食道に詰まらせた時に、近所の動物病院に行けば、どこでもそんな対応をしてくれるとは限らないということです。

かと言って事前に近所の病院に電話して「もしうちの犬が食道にリンゴを詰まらせた時は内視鏡でシャリシャリ削って解決してくれますか?」と質問したら、ちょっとおかしい人だと思われるかもしれません。しかしせめて内視鏡を完備していて、ある程度の実績のある病院をホームページ等で当たりをつけておくことをお勧めします。

 

 

 

 

執筆者プロフィール

港北どうぶつ病院 院長

Hayato Arai

資格・所属

経歴

  • 麻布大学卒業

  • 平成14年4月〜

    横浜市内動物病院勤務

  • 平成17年1月〜

    横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事

  • 平成20年3月〜

    横浜夜間動物病院 院長就任

  • 平成25年2月

    開業準備のため退職

  • 平成27年~

    港北どうぶつ病院 開業

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