症例紹介

傷つけ・詰まる異物

犬/釣り針

誤飲の詳細

今回は以前にも紹介したことのある釣り針の誤飲です。

前回は紹介出来なかった安全な針の抜き方の動画もありますので最後までご覧下さい。

 

 

動物は2才♀のシェットランド・シープドッグです。

朝からオーナー様に連れられて海辺にお出かけ。シーサイドを気持ちよくお散歩していると何かを見つけて興味本位でパクっと口にしてしまったそうです。その直後から何やらしきりに口のあたりを気にする様子。すぐに気づいたオーナー様が見ると、口から釣り糸が垂れており、たどっていくと先端の釣り針が舌に刺さっていました。

大変だ!と思ったオーナー様。しかし慌てて引っ張ったり、口をこじ開けたりせず車に乗せて、そのまま当院に向かわれました。

事前にお電話で来院を知らされていたこちらはばっちりスタンバイ状態。

来院されたらすぐに処置に入り、短時間かつほぼ無傷での摘出に成功しました。

 

めでたしめでたし。

 

終劇

 

 

 

 

 

 

 

で終わりではなくって、ここでまず何よりも有権者の皆様にお伝えしたいのは、どうです?当院の迅速な対応は?という自慢話・・・でもなくて、オーナー様のファインプレーです。

 

 

当たり前のようにサラっと書きましたが、舌に釣り針がささっているヴィジュアルインパクトは絶大です。

もし自分の愛犬が突如その状態になったら冷静でいられる自信はありますか?

 

飲み込んでしまったらどうしよう?

 

一刻も早く取り出さなければ!

 

と慌てふためいても仕方がないと思います。

しかし、そこで糸を引っ張ったりすれば舌が割けてしまう可能性もあるし、無理に口を開けようとすると咬まれてしまうかもしれません。

そんな事態を悪化させる行為は瞬時に回避し、しかし飲み込んで奥に入ってしまうのを予防するために、引っ張らない程度の緩いテンションで糸を把持し続けたまま、迅速にかかりつけ病院に向かう。道中で今病院に向かっていることを電話で伝えて、病院側が事前に準備できるよう情報提供も怠らない。

タイムロスも無く、もう本当に完璧です。

 

 

完璧な対応にはこちらも最善の対応で応えたいものです。

鎮静処置下で抜いたのですが、ご存知の通り釣り針には魚が簡単に逃げないよう「返し」がついています。

この「返し」の存在を無視して力づくで抜こうとすると、舌が裂けてしまいます。

 

そんなダメージを最小限にする抜き方がこちら。

まずはご覧下さい。

 

 

何をやったのか解説すると、まず釣り針の湾曲している部分にヒモを結び付けます。(今回の動画では既に黒いヒモが結び付けられているところから始まります)

次に、釣り針の一番お尻側の釣り糸と繋がる部分(画像だと赤い部分)を指でグッと刺さっている組織(舌)側に押し付けて、釣り針が立ち上がった状態にします。

これで準備完了。後はいちにのさんっ!で結び付けた糸を、釣り針の軸方向に真っすぐ引っ張るとスルッと抜けて、しかも組織はほとんど傷つきません。映像でもほぼ血が出ていないことが確認できるかと思います。

 

 

この方法、釣り人やキャンパー等の間では割と知られている方法で「ストリング・ヤンク・テクニック」という正式名称もあるのですが、対象が動物でも変わらず有効です。ただし違うのは人の場合「今から抜くからジッとしていてね」とお願いすれば理解と協力を得られますが、動物の場合それは望めません。そのため鎮静剤を投与して瞬発的に暴れたり動いたりする状況を回避してから処置を行いました。

 

今回のワンちゃんは普段の診察時からいい子なので、もしかすると無麻酔、無鎮静でも処置できたかもしれません。しかし万が一暴れて多量に出血したり、針を飲み込んでしまったりして、そこから慌てて麻酔をかけるというような後手後手の対処になると往々にして良いことはありません。もちろん状況により、むしろ無麻酔のほうが良い場合もあるかもしれませんが、安全かつ確実に結果を出すことを優先すると、今回のオーナー様のように、すぐに動物病院に駆け込んで、鎮静・麻酔下で処置してもらうことをお勧めします。

 

しかし例えば山奥のキャンプ地とか孤島とかですぐに動物病院に行くのは困難だけど、動物が激しく痛がっている等のやむを得ない場面もあるかもしれません。正直、口の中だと実施は難しいかもしれませんが、手足の皮膚等であれば、ただ闇雲に釣り針を外そうとするよりは、今回のテクニックを頭の片隅に置いておいて頂くと役に立つことがあるかもしれません。

 

 

ということで紹介したのですが、もう一度書いておきます。オーナー様の自己判断で実施することをお勧めはしません。

 

これは動物の安全を確保するためでもありますが、オーナー様の安全も確保するためです。私が救急医をやっていた頃、刺さった針などの異物を取ってあげようと思って手を伸ばしたら咬まれてしまい、異物は取れず、手から血をダラダラ流しながら来院されたオーナー様に出会ったことは一度や二度ではありません。

「異物除去はこっちでやっとくから、あなたこそすぐに(人間の)救急病院に行きなさい」と諭したことが何度もありますし、ガッツリ深く咬まれて牙が骨まで達して骨髄炎を起こし、指の切断を検討するほどの事態に陥ったケースも私は知っています。

 

私の記憶を遡ると、うちの子はしつけもされていていい子だから大丈夫と考えている方ほど咬まれています。そもそも普段から咬みそうな子のオーナー様は深追いしないので咬まれることはあまりありません。まさかこの子が!?という普段はおとなしい子でも針が刺さった痛みと抜けないイライラで、ついガブっと咬んでしまう。オーナー様もこの子が咬む訳ないと思っているから瞬発的に避けられない。そんなケースが多いように実感しています。

 

なのでやむを得ない場合を除いては、伝家の宝刀を抜くように今回紹介した方法をいきなり試みるのではなく、まずは可能な限り動物病院を受診されることを強くお勧めします。

 

 

 

 

 

行った処置

鎮静処置下でのストリング・ヤンク・テクニックによる釣り針の抜去

 

 

執筆者プロフィール

港北どうぶつ病院 院長

Hayato Arai

資格・所属

経歴

  • 麻布大学卒業

  • 平成14年4月〜

    横浜市内動物病院勤務

  • 平成17年1月〜

    横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事

  • 平成20年3月〜

    横浜夜間動物病院 院長就任

  • 平成25年2月

    開業準備のため退職

  • 平成27年~

    港北どうぶつ病院 開業

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