症例紹介
傷つけ・詰まる異物
内視鏡による摘出
猫/ひも
誤飲の詳細
今回はいつもと趣向を変えてまずいきなり内視鏡動画をご覧下さい。3分のダイジェストです。
ご覧になった動画を一息に説明すると・・・
猫の口から入って食道を通過して胃に突入した瞬間に消化途中の大量のフード塊に視界を妨げられ、それでも内視鏡の先端で食塊をほじくりながら胃内を探索するも何も見つからず、その奥の十二指腸に入ったらすぐのところにヒモの先端が見えたのでどこまで続いているか腸の届く最奥まで追って、そこから掴む器具で引きずり出そうと試みたが途中で外れてしまい、再度十二指腸に戻ってガッチリ掴みなおして無事摘出した。
という映像です。ふぅ疲れた・・・。
で、実際に摘出されたヒモの写真がこちら
今回なぜこの事例を紹介しようと思ったかと言うと
当院には「異物誤飲して他院を受診したら開腹手術を提案されたが、それは嫌なので内視鏡でなんとかして下さい」という方が多数来院されます。
しかし
私:「了解しました。なんとかしましょう。で、食餌は最後にいつ食べてますか?」
オーナー様:「さっき朝ごはんはちゃんと食べました。吐いたりもしていません。」
私:「あ、そうですか・・・。それだと内視鏡は入れられませんね・・・」
オーナー様:「え?!そうなの?!」
というやりとりがしょっちゅうあるので、
なぜ内視鏡検査ができないかを文字で説明するより実際を観て頂いたほうが分かりやすいかな?
と思った次第です。
そこで今度は別の動画をご覧下さい。
これは以前にご紹介した、糖尿病薬を誤飲したと御来院されて内視鏡検査をしたけど、結局飲んでいなかったことが判明したワンちゃんの胃から十二指腸の動画です。約2分40秒。途中で画像の編集は一切していません。
ご覧のように胃の中が空っぽだと、広い空間が見渡せて、胃の一番奥の幽門からその先の十二指腸に入って、内視鏡が届く最奥まで探索して、そこから胃まで戻ってきて内視鏡を180℃曲げて胃の入り口の噴門側まで観察して、異物がどこかにあれば見落としようがないぐらいハッキリと胃の全域と十二指腸をチェック出来ています。3分かからずに。
一方の冒頭の動画。
あちらは3分にまとまっていますが編集しまくりで、実際は20分以上内視鏡の先端で食塊を掘削してレンズにへばりつくフードを洗い流しながら異物を探索し続けた、ほぼピントの合わないグチャグチャの食べ物のどアップ動画の中で、なんとか比較的ピントが合って見られる画像だけを切り取って繋ぎ合わせた3分動画です。
見比べて頂ければ、その違いがハッキリと判ると思います。
という訳で、内視鏡での処置を希望されるオーナーの皆様。
もし内視鏡希望で来院される時は絶食が基本となります。
これだけは是非覚えておいて下さい。
ちなみに今回のケースはかなり特例で、猫ちゃんに催吐処置を施したものの全く吐いてくれませんでした。
当院では猫に嘔吐させる薬だけでもかなりの種類を揃えており、それらを併用してなんとか吐かせるように仕向けましたが、全く吐く素振りすら見せずケロッとしているツワモノでした。
犬だとほとんどこういうことは無いのですが、猫だとたまにあります。
散々吐かせる処置をしてもビクともしなかったので正直に敗北宣言。
面目ない。とオーナー様に伝えてそこから先は協議となりました。
ヒモ状異物の危険性を説明し、運が良ければ何事も無く便と一緒に出て来て問題解決となる可能性もある。
しかし途中でヒモが停滞してしまうと生命維持に関わる緊急状態に陥る可能性も。
では、それを回避するために何が出来るか?
・内視鏡
・開腹手術
・祈って待つ
しかありません。
しかし満腹の胃だと内視鏡を入れてもヒモを見つけられない可能性が高い。
じゃあ胃の中の食べ物が消化されて無くなるまで待つか?
でも待っている間にヒモも内視鏡が届かない腸の奥に進んでしまうかもしれない。
じゃあ最初から開腹?
でも、もしかしたら便と一緒に出てくるかもしれないのに、開腹まで強いるのは可哀そう。
そんなオーナー様のお気持ちも良く判ります。
でも指をくわえて、ただ祈って待つのも気が気ではない。
その気持ちも判ります。
それに、そもそも本当に飲み込んでいるのか?
可能性は高そうだが、飲み込んだ瞬間を目撃した訳ではない。
もし開腹したのに、実は飲み込んでいませんでしたなんてことになれば最も可哀想な状況です。
そんな上記諸々の想いを汲みつつディスカッションを重ねた結果
100%結果を出すとお約束は出来ないけどと正直にお伝えしましたが、それでもなんとか内視鏡での異物発見、摘出を試みてみることになりました。
で、実際にやってみたものが冒頭の映像です。
一応お断りしておきますが、「な~んだ、ごはん食べてても内視鏡出来るじゃん」という解釈はどうかしないで下さい。当院では今回のようにやむを得ない状況でやることはありますが、私の超絶内視鏡テクニックがあるからこそ可能なのですよ!
などとは全然思ってなくて、正直かなり運も味方してくれたなと思っています。
以前にコラムで書いた「内視鏡を持っているだけでほとんど使用機会の無い獣医さん」なら恐らくフードの塊を掻き分けてヒモがある十二指腸にたどりつくことすら難しいでしょうし、ある程度ちゃんと技術がある獣医さんでも、この状況では内視鏡はできないと判断するのは普通であり、別にその獣医さんがケチとか意地悪とかでは全くなく、それは医学的に真っ当な判断だと思います。
それでも「内視鏡での摘出にトライしてみましょう!」なんて強気に提案する私は恐らくかなりマイノリティに属していると思いますので、この文章を読んだ方で、かかりつけの獣医さんに「胃に食べ物があっても内視鏡できるんでしょ?ネットに書いてあった」みたいな言い方をしてしまうと、獣医さんは困ってしまうか、呆れるか、私の病院にクレームの電話をしてくるか、どちらにしても良い方向にはいかないのでどうか控えて頂いて、「内視鏡は・・・・・無理ですか?」と控えめに、ダメモトで聞いてみるぐらいにするのがよろしいかと思います。
もしかしたら私と同じように「やってみましょう!」と決断してくれる獣医さんもいる・・・・・かもしれません。
まぁただ「やってみましょう!」と内視鏡を入れてみるだけなら誰でもできます。
開腹せずに助けてあげたい!という想いで、なんとかトライしてみようというピュアな「やってみましょう!」もあれば、ハナからあきらめモードで、内視鏡入れてみたけどやっぱり見つけられないから開腹するしかないんですよという大義名分(と内視鏡使用料を追加請求できる皮算用)のためだけのパフォーマンスとしての「やってみましょう!」もあり、それをオーナー様が見分けるのはとても困難だと思います。
なんだか今回は純粋な症例報告というよりコラムのようになってしまいましたが、ヒモ状異物に関してお伝えしたいことはまだまだ尽きないので、また別の機会に改めて書かせて頂きたいと思います。今回はこのへんで。
執筆者プロフィール
港北どうぶつ病院 院長
新井 勇人Hayato Arai
資格・所属
- 獣医師免許番号 第41079
- 横浜市獣医師会所属
経歴
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麻布大学卒業
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平成14年4月〜
横浜市内動物病院勤務
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平成17年1月〜
横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事
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平成20年3月〜
横浜夜間動物病院 院長就任
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平成25年2月
開業準備のため退職
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平成27年~
港北どうぶつ病院 開業