症例紹介
傷つけ・詰まる異物
内視鏡による摘出
犬/巨大な布製の玩具
誤飲の詳細
今回は当院で時々実施する特殊な異物摘出方法をご紹介します。
特殊と言っても当院にしか無い機器とか、私しかできない技術とかでは全然なく、やろうと思えばある程度な規模の動物病院ならどこでも実施可能です。しかし可能なだけで、実際にどこでも当たり前に実施するかというとそうでもありません。
そのあたりの動物病院事情も後述します。
私の病院は内視鏡を売りにしているため、異物誤飲して他院で「開腹するしかない」と言われたオーナー様が藁をもすがる想いで来院されるケースが多く、そんな時私は非常に燃えます。その結果、開腹せず内視鏡で異物を摘出できることも多いのですが、残念ながら全て内視鏡で摘出できる訳ではありません。
今回紹介する症例も、残念ながら内視鏡だけで摘出できず、開腹手術をすることになった症例です。
開腹?
な~んだ。内視鏡で摘出できなかったんだ?
とガッカリするのはしばしお待ちを!
この処置の価値を皆さまに判って頂きたい想いで一生懸命書き進めますので、最後までお付き合い下さい。
まずは症例のご紹介
10才 ♂のラブラドールです。
今回はまず最初に実際に摘出した異物の写真をお見せします。こちらです。
(ちょっと汚いので念のためモザイク処理してあります。現物をご覧になりたい方は写真をクリック!)
デカい!
布製のオモチャでハンバーガー???の形なんだそうです。
これを一ヶ月前に丸飲みし、かかりつけ病院で吐かせたが吐かず、「便と一緒に出てくるかもしれないから様子見て」と言われたのでその通り様子を見ていたそうです。しかしその後も全く出てこないので心配になりご来院。
X線検査や催吐処置などを経て(今回は長いのでこのへんのくだりは割愛)、当院で内視鏡を実施することに。
この時私は内視鏡だけでの摘出はかなり難しいと事前にお伝えし、試みてはみるが無理なら開腹手術に移行する段取りまで提案。オーナー様も同意して下さいました。
さて、実際に内視鏡を挿入してみると案の定、掴むまではすんなりいったのですが、引っ張ってもデカすぎて胃の入り口(噴門)でつかえてしまい通過出来ません。掴む位置を変えたり、角度を変えたり、何度か試行錯誤してみましたが、やはりダメ。
これ内視鏡をやっている側の心理としては非常に悔しい状況で、内視鏡での異物摘出は異物を掴むまでが第一関門。繊細な操作でこぼれ落ちないようにガッチリ掴むまでが難しい。しかし今回はすぐにしっかり掴んだので後は引っ張ってくるだけ。なのに引っ張れない。意地になってやっているうちに数時間経過。結局摘出できず、疲れ果てた状態から開腹手術に移行というのが内視鏡失敗あるあるです。
しかし今回は最初からそれを予期していたので、何度か引っ張ってダメなことを確認したら早々に諦めて開腹手術に移行。ただし普通なら内視鏡を口から抜いて、手術の準備に移行するところですが、この時は内視鏡を抜かずに異物を胃の中で掴んだ状態をキープしたまま開腹手術に移行しました。
そして手術開始。
通常の胃内異物摘出手術の順序を要約すると以下の通りです。
1,まずは上腹部正中にメスを入れて、内臓がある腹腔内にアプローチ。
2,胃を確認したら手で触って、胃壁越しに異物が胃の中のどこでどんな状態にあるか触覚で確認。
3,把握できたら、どの位置をどれぐらい切開すれば摘出できるか当たりをつけて、胃の壁にメスをいれます。
4,切開した穴にピンセットのような掴む器具を挿入して異物をつまみ、胃の外に引っ張り出します。
5,摘出できたら切開した胃の壁を縫合して閉じます。
6,胃を縫い終わったら、今度は腹膜、筋層、皮下織、皮膚を重層的に縫ってお腹を閉じます。
以上で終了。色々細かい部分は省略していますが、これがおおまかな流れ。
一方、今回どんなことをやったかと言うと・・・
1,同上
2,同上(ただし異物と一緒にそれを掴んでいる内視鏡も触れるところは異なる)
そしてここからは大きく異なります。
3,胃の壁にメスは入れず、内視鏡操作者が異物を掴んでいる内視鏡を引っ張っていきます。胃の中の異物がズルズルと動いていくのが手術者にも胃壁越しに伝わります。
4,内視鏡操作者が引っ張る過程でつかえを感じたら、そこが一番異物の太いところ。手術者はそこを胃壁越しに揉みこむように細長く整形し、引っ張られる方向に押し込んでいきます。
5,すると、あら不思議。通過できなかった異物がスルリと通過して口から引き出すことに成功!
6、あとはお腹を閉じるだけ。胃にはメスを入れていないので縫う必要はありません。閉腹して終了。
で、実際の映像が以下の通りです。
まずは最初に掴んで引っ張るシーン。胃の入り口の噴門部から食道に異物が頭だけ突っ込んで、それ以上通過できない様子が判ります。
そして、こちらは内視鏡のみでの摘出を諦めて手術者に異物の通過を介助してもらい見事摘出したシーン。
この画像だと食道からの視点のためこの時、胃の中で何が行われているかが映っていません。
そこで、下の映像。
胃の壁の奥で這いまわる謎の寄生虫・・・・・ではなく、これは手術者の指です。
胃の外側から手術者が胃をモミモミしているところを、胃の内側から内視鏡で捉えた映像です。
これは異物摘出後、他にも異物が無いか胃内を探索していたら邪魔な食塊があったので手術者に崩してもらっているシーンです。
内視鏡側の視点で見るとこんなふうに写ります。
こんな感じで胃壁越しに内視鏡を介助してあげることで摘出が可能になります。
さて、上記処置。
当院では時々実施するのですが、私の達成感とは裏腹にほとんどのオーナー様はあんまり喜んでくれません。
そりゃあそうですよね。
開腹しないでなんとかしてほしくて来院したのに開腹されちゃった訳ですから。そのお気持ちは凄く良く判るのですが、私としてはファインプレーした気持ちなのに、なぜかエラーしたような視線に晒されて大変悲しいのです。
ということで、もう少しだけこの処置の価値を説明させて下さい。
今回の症例は内視鏡のみでの摘出は叶わず開腹手術になってしまいました。しかし通常の異物摘出時の開腹手術とは異なり、消化管(胃や腸管)には一切メスを入れていません。ここが大きな違いです。
具体的に何が違うかというと、痛みの度合いや術後感染症のリスクに差が出ますし、術後に嘔吐や下痢などの消化器症状が発現する可能性も違います。また消化管にメスを入れた場合、しばらくの絶食期間、さらにはその後流動食から少しずつ慣らしていく期間が必要で食餌管理にも気を遣います。すぐに食餌が食べさせられないということは点滴などによる栄養管理も必要になるため、ある程度の日数入院も必要になります。
しかし消化管切開をしていなければ、その日の夜には普段食べているフードを与えられるし、流動食など必要ありません。ダメージの度合い的には健康な子が避妊手術を受けるのよりももっと低いと私は思っているので、オーナー様の生活事情などから日帰り手術にしたこともあります。ちなみに今回紹介した症例は念のため一泊だけ入院して翌日退院。自分で歩いて元気に帰っていきました。
というわけで消化管(胃や腸管)にメスを入れても入れなくても「開腹手術」と一括りで同じ呼称ですが、実は全然違うのです。
どうでしょうか?
私の拙い文章でこの処置の良さをお判りいただけたでしょうか?
少しでも伝わっていると私も報われます。
さて、この処置。
異物誤飲した動物にとってはダメージが少ない、凄くメリットのある処置ですが、いざそういう状況で動物病院に駆け込んだら、どこでも当たり前にやってくれるかというと、そうでもありません。むしろ多くの動物病院はやりません。その理由を以下に挙げます。
理由1:知らないから
今回紹介した処置は獣医外科学の教科書に載っているようなポピュラーな処置ではないので、単純にそんな選択肢があることを知らない獣医師。思い浮かばない獣医師もいます。私のように内視鏡好きな獣医師というのはそんなに多くなく、内視鏡にはたいして興味が無い獣医師もたくさんいます。当然ですが、知らなければそんな提案はされません。
理由2:内視鏡が無いから
これも当たり前ですが、この方法を知っていても内視鏡が無ければ実施不可能です。当院に出入りしている医療機器業者さんから頂いたデータなのですが、内視鏡を設備している動物病院は約20%だそうです。あくまでこの業者の取引病院に限られるので日本国内全体の正確なデータではありませんが、物凄く全体像とかけ離れてもいないでしょう。だとするとこの時点で約80%の動物病院はこの処置はできないということになります。
理由3:獣医師がワンオペ
この処置は内視鏡操作者と手術執刀者の共同作業で行われます。実際には手術助手や麻酔管理者なども必要になるため、ある程度の獣医師数がいないと現実的に困難ですが農林水産省のデータによると日本の動物病院の約64%は獣医師1名です。しかし例えば診察終了後に友人の獣医師仲間達にヘルプに来てもらい実施。なんてことをやっている動物病院は沢山あるので院長先生一人しかいない病院は絶対に不可能とも限りませんが。
理由4:面倒くさい
さて、では内視鏡はあるし人も足りている動物病院ならこの処置をやるかというとそうとも限りません。何故なら面倒くさいからです。内視鏡の準備をして実施したけど悪戦苦闘の結果、摘出できず。そこから開腹手術の準備に変更してという流れでバタバタするし時間もロスする。さらにそこから執刀者と内視鏡操作者で声を掛け合いながら微妙な操作をするので、不慣れな病院だとかなり面倒で、恐らく手術の上手な先生ほど「ああ!もう面倒くさいから胃を切ってさっさと摘出しちゃおうぜ。そのほうが早いよ」という気持ちに傾く筈です。
理由5:モチベーションが上がりにくい
理由1~4を全てクリアしてこの処置で異物を摘出した結果、前述した通りオーナー様が凄く感謝してくれるかというと、むしろ「開腹しちゃったんだ・・・」というややガッカリ寄りの微妙な反応をされることが多く、「いや、だから胃にメスを入れてないんですから、全然違うんですってば!」と必死に説明すればする程どこか内視鏡で摘出できなかった言い訳っぽく響いて、醒めた空気はより冷え込んでいきます。「内視鏡で摘出できるかも」なんて言ってオーナー様をぬか喜びさせちゃった。最初から開腹一択で提案したほうが素直に感謝されたんじゃないかな?もう次からは最初から胃切開で摘出しよう。という気持ちに傾いても不思議ではありません。
という訳で、この処置は準備も二倍、片付けも二倍、人手も割くし、時間もかかるし、その割にたいして感謝されないことも多く、要するに動物病院の運営的にコスパが物凄く悪いということです。
それでもなぜ私の病院が積極的にそれをやるかというと、何度も言いましたが大事なことなのでもう一度言います。開腹は開腹でも動物へのダメージがはるかに少ないからです。
どんな胃内異物にも適応ではありませんが、状況によっては凄く良い方法なのと、今後実施した時にその価値を理解して頂きたいので紹介させて頂きました。
だいぶ長くなりましたので、今回はこのへんで。
行った処置
内視鏡と開腹手術のコンビネーション処置による胃内異物の摘出
執筆者プロフィール
港北どうぶつ病院 院長
新井 勇人Hayato Arai
資格・所属
- 獣医師免許番号 第41079
- 横浜市獣医師会所属
経歴
-
麻布大学卒業
-
平成14年4月〜
横浜市内動物病院勤務
-
平成17年1月〜
横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事
-
平成20年3月〜
横浜夜間動物病院 院長就任
-
平成25年2月
開業準備のため退職
-
平成27年~
港北どうぶつ病院 開業