誤飲コラム
私が内視鏡に力を入れるようになった理由
今回は私が内視鏡に力を入れようと思ったきっかけについて書かせて頂きます。
それは救急医時代に経験した二つのエピソードに起因します。
一つは以前のコラム「ご質問にお答えします。(動物病院間の内視鏡技術格差について)」で思い出話としてちょろっと書きました。
今回はもう一つのエピソード。
それは、ある夜に部下の勤務医が内視鏡操作に苦戦していた時のことです。
その日はある動物病院の院長先生が現場の見学に来ており、私は院内を案内していました。
内視鏡で胃内の異物がうまく摘出できず苦戦している様子をしばらく眺めていたその院長先生が
「あの内視鏡、いつからやってるの?」
と聞くので、
「もう30分以上経ちますね」
と私が答えると
「こういうことがあるからさ、俺は内視鏡を持ってないんだよ。欲しいとも思わない。俺が切れば(手術すれば)こんな症例30分で終わる。だから必要無いんだよ」と言いました。
外科の腕に自信ありの先生だということは知っていたので
「へえ~、凄いですねぇ!」
みたいな社交辞令を言ったか言わなかったかはちょっと覚えてないですが、心中全く賛同していませんでした。
だって考えてみて下さい。
麻酔時間は短いほどリスクは低い。それはその通りです。
だからヘタクソな内視鏡操作で何時間もかけるより
たった30分でサクッと終わらせる開腹手術のほうが
結果的に動物への負担が少なかった。
そんな場合も無いとは言いません。
しかし、オーナーの皆様にぜひお聞きしたい!
大好きな愛犬、愛猫がお腹を切られちゃうんですよ!?
切られないで済む方法もあるならどっちがいいですか?
恐らく99.99%ぐらいのオーナー様は切られないほうがいいと答えると私は思うんですけど
あなたならどうですか?
そんな単純なことになぜこの高名な大先生は思い至らないんだろう?
と当時は不思議に思いましたが、今ならその理由がなんとなくわかります。
以下は私の考察です。
理由1
お腹を開くという医療行為に獣医師が慣れ過ぎてしまい、オーナー様の感覚との間に温度差が生じているから
獣医師の場合、外科専門医とかではない普通の病院の勤務医でも、避妊手術は日常的に経験します。開腹手術です。
大きな病院なら年間で千件以上実施する病院もあります。
もちろん避妊手術しかやらないわけではありません。
腫瘍の摘出だったり、肝生検だったり、膀胱結石だったり・・・
開腹手術をする機会なんて、ある程度の臨床レベルと症例数のある動物病院なら山ほどあります。
どんな手術でも当然真剣に執刀するでしょうが、それでも日常業務として開腹を繰り返していると、いつの間にか「お腹を開く」という行為の重みが、オーナー様にとっての重みと差が生じます。
私にとって家族に等しい世界で唯一の一頭
と
毎日の診療業務の中で通り過ぎていく沢山の動物たちの中の一頭
という差です。
その結果「胃内に異物?吐かせても出ない?じゃ開腹しよう」
とオーナー様の想いを汲まず事も無げに判断する思考が出来上がってしまうことは充分にありえることです。
理由2
内視鏡での異物摘出は不確実だから
これは救急医になって多数の異物誤飲症例を担当してわかったことですが、これぐらいなら開腹せずに内視鏡で摘出できるだろうと見立てたものが、実際にやってみたらなかなか摘出できないということが結構あります。
私も若気の至り時代に
「余裕っすよ。5分で終わらせます。」
とオーナー様に宣言したのに
いざ内視鏡を入れてみたら全然摘出できなくて
いとしいあの子にヌイグルミをプレゼントしたくてUFOキャッチャーに1万円つぎ込んじゃうゲーセンのアホみたいに意地になって何時間も粘った挙句にやっぱり摘出できなくて、そこから開腹手術に移行して更に麻酔時間が加算されてトータル3時間半。
術後、オーナー様に土下座せんばかりに謝ったことがあります。
要するに内視鏡での異物摘出はよほどの経験と技術と正確な見立てが無いと凄く不確実なのです。
それに比べて開腹しちゃえば確実に摘出できます。
なので無駄に麻酔時間を浪費したり、オーナー様をぬか喜びさせたりするぐらいなら、
最初っから開腹しちゃったほうが早いし確実だな
と判断したとして、それはある意味とても合理的です。
と、ここで・・・
おいおいその考え方は違うだろ?
不確実だから内視鏡をしないじゃなくて、確実にできるように獣医は内視鏡の腕を磨けよ!?
とか
不確実でも、いきなり開腹しないで(内視鏡を)トライするだけすればいいじゃん?
と思った方がいるかもしれません。
それは全くもって正論なのですが、それが実は簡単ではありません。
努力したいのはやまやまだが、現実的には努力する機会を得られない獣医師が沢山いるのです。
なぜなら異物誤飲で内視鏡が適応になる症例なんて、ほとんどの動物病院にはたま~にしか来ないからです。
たま~にしか来ないから、経験値を積み上げることが難しい。
たま~にしか来ないから、高価な内視鏡を導入してもペイできない。
だからあえて内視鏡は設備しない。
動物病院の経営判断としては間違っていません。
ということで内視鏡を設備していない動物病院はたくさんあります。というか内視鏡が無い動物病院のほうがはるかに多いです。
また内視鏡はあるけど自信が無いから積極的に使用したがらない動物病院もあります。
私の場合は
たまたまひょんなことから異物誤飲症例がたくさん来院する夜間救急で働くことになり
たまたま色々な事情で院長をやらされることになって現場での裁量権も得られたので
山ほど内視鏡での異物摘出を経験して腕を磨けたのですが、
私みたいなプロフィールの獣医師はマイノリティな部類です。
だいぶ話が逸れたので時を戻そう。
とにかくその大先生の言葉を聞いた私は当初
「偉い先生か知らんけど、全然オーナー目線じゃないな。」
と思ったことを憶えていますが、それ以上の感慨は特にありませんでした。
や~が~て~時は過ぎゆき、幾度目かの春の日、私は変わらず救急獣医療に従事していましたが、
諸般の事情で自身の病院を開業することも視野に入れていました。
しかし、ずっと救急医としてやってきたけど、自分で救急病院を開業する気はありませんでした。
なぜ?ってしんど過ぎるからです。身体がもちません。
でも普通に街の動物病院を開業して、救急ばかりやってきた自分が通用するのだろうか?
という漠とした不安もありました。
その時点での私は自分が平均的獣医師より圧倒的数の内視鏡操作を経験していることに気づいてもいなかったし、それに価値も見出していませんでした。
そんなぼんやりした不安の日々の中でふとあの大先生との会話を思い出し、色々な考えが交錯しました。
あんな実力派の大病院でも内視鏡が無いことがあるんだ?
じゃあ異物誤飲してあの病院を受診したらみんな開腹されちゃうの?
それでオーナーの皆さんは納得してるのかな?
内視鏡という選択肢があることすら知らないオーナーもいるのかな?
開腹したほうが早いから!と大先生に言われたら納得しちゃうのかな?
そう言えば、かかりつけの病院は内視鏡が無いからと言って救急に来院する人多いな・・・。
あれ・・・?
もしかして自分が当たり前に夜間救急でやっている内視鏡処置って昼の世界では当たり前ではない?
もしかして自分が培ってきた内視鏡の技術で、あの大先生よりもっとオーナー様に喜んでもらえることが出来る?
漠とした不安に光がさす予感を覚えたのでした。
執筆者プロフィール
港北どうぶつ病院 院長
新井 勇人Hayato Arai
資格・所属
- 獣医師免許番号 第41079
- 横浜市獣医師会所属
経歴
-
麻布大学卒業
-
平成14年4月〜
横浜市内動物病院勤務
-
平成17年1月〜
横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事
-
平成20年3月〜
横浜夜間動物病院 院長就任
-
平成25年2月
開業準備のため退職
-
平成27年~
港北どうぶつ病院 開業