誤飲コラム
「この異物はX線に写りません。ではX線検査をします。」「???」
そのお父さんは怒髪天を突くほどに怒っていました。
お話を伺うと愛犬がビニール片を飲み込んだかもということで慌てて近所の動物病院へ。
X線検査を終え、診察室に呼ばれると撮影した画像を指しながら獣医師の第一声が
「ビニールはレントゲンじゃ写らないんですよ。やっぱり写ってないですね」
だったそうです。
で、試しに吐かせてみましょうと催吐処置をしたけど吐かず。
「吐かないなあ。本当に飲んだの?わからない?じゃあ様子見るしかないな。それとも開腹する?」
みたいなことを言われて、怒って帰ってきたとのこと。
その足で当時私が勤務していた夜間救急動物病院に来院したのですが、もう診察開始時点から激おこで、私は基本的にそういう私と関係のない不機嫌をぶつけられることが大っ嫌いなので「え?不機嫌そうですけどなんか怒ってます?私何か悪いことしました?今お会いしたばかりですよね?」とか言ってケンカになってあとから看護師長に叱られるというのが当時のお決まりのパターンだったのですが、この時のお父さんは凄い怒ってるけどちょっと可愛いというか、憎めないというか、そんなキャラだったので、それは大変でしたねえとお話を伺いました。
「そいつがさぁ!レントゲン撮った後にレントゲンじゃ写らねえとか言いやがるんだよ!なのに金は請求されててさぁ!ありえねぇだろ!?」
隣では可愛らしい娘さんが苦笑しながら黙っていました。
さてさて、これほどの激怒はこのお父さんだけでしたが、同じような不満を私はオーナー様から何度も聞かされたことがあります。
要するに「写らないと最初から判っていてなぜX線撮影する?無意味な検査をされて、余計な請求もされて、結果も出ない。納得いかないんですけど」という不満だと解釈しています。
お父さんが怒る気持ちも良く判るのですが、獣医師側の気持ちも判ります。
獣医師側としては「別に異物自体だけを狙ってX線検査をする訳ではない。お腹の中の様々な情報を得るために必要だと思って提案しているのであって、無駄な検査をしてお金を取られたみたいに言われちゃうと・・・」といったところでしょうか。
異物自体が写らないのに撮影するどんな意味があるのかというと、例えばですが
ヒモを誤飲した時にヒモ自体はほぼ写らないですが、腸のアコーディオン状陰影という特徴的な所見の有無からヒモの存在や緊急性を推測する
とか
X線に写らない異物が腸閉塞を起こしている場合、閉塞地点付近の腸に異常なガス貯留が写っていたりするので、そこから閉塞の可能性を疑う
とか
胃の中をX線検査で確認することで、異物自体は写っていなくても、吐かせてみるか?あるいは内視鏡を入れて探索するか?の判断材料にする
等々
あくまでこれらは例ですが、他にもX線検査から得られる情報というのは多岐にわたり有価値なので私の病院では異物誤飲で来院された症例でX線検査をしないことはほぼありません。
X線検査というのは物質の対比が白黒の濃淡で表現されるので、同じ材質の異物でも対比されるお腹の中の臓器の状態によって写ることもあれば全然写らないこともあります。「写らないだろうな」と思って撮影してみたら意外に写っていたなんてこともあるし、その逆の場合も過去にはありました。
ということを踏まえて、冒頭の怒髪天パパの話に戻ります。
X線検査の意義も判らない素人が騒ぎ立てて困ったもんでしたよ。
・・・という話をしたい訳では全然ありません。
どうしてこんなすれ違いが生じてしまうのかを紐解きたいと思いました。
端的に言えば、獣医師サイドとオーナーサイドで「当然でしょ?」と思う部分にズレがあるからです。
獣医師サイドとしては前述した通り異物自体は写らないという現実を差し引いても出来るだけ情報が欲しいので、X線検査をすることが異常なことではない。
一方でオーナーサイドからしたら慌てて動物病院に駆け込んで「レントゲン撮りますね」と言われたら、異物はここですと提示してくれると期待してしまう。
だからどっちもどっちなんですよ・・・という話でもありません。
これはあきらかに獣医師の説明不足から生じる問題です。
「材質がビニールなので恐らくレントゲンを撮ってもこれ自体は写りません。だけどレントゲン検査でお腹の中の状態を確認することで現時点での緊急性を把握したり、どんなアプローチが可能かを判断する色々な情報を得られる可能性があります。なのでまずはレントゲン検査をさせて下さい。」
とか例えばですけど、こんな感じのことわりをいれてからX線検査をすれば、オーナー様もだいたい納得してくれるし、その結果有用な情報が得られなかったとしてもトラブルになることはありません。
しかし診療が混んでいたり、疲れていたり、色々な理由で丁寧な説明を省いて「じゃ、とりあえずレントゲン撮りますんで」しか言わなかったりするとオーナー様の意識との間にズレが生じ、その結果、冒頭の怒髪天パパのような事態が生じるのだと思います。
ついでにもう一つ言わせていただくと、私はオーナー様から同様の不満を何度も聞いたことがあると前述しましたが、そこにはある法則があります。
それは私のところが二件目の動物病院で、一件目で結果が出なかったということです。
ここから先は私の推測になりますが、結果さえ出していればオーナー様もそんなに不満に感じなかったのかな?と思います。
冒頭の怒髪天パパも吐かせてみましょうと催吐処置をして見事にビニール片を吐き出して問題が解決されていれば、もしかしたら「レントゲンじゃ写らないんですよね」という獣医師の言葉にいささか腑に落ちない気持ちは抱えつつも、「まぁなんか良くわからんけど必要だったのかな?」とあそこまで怒ることはなかったんじゃないのかな?と感じます。
ベースにあるのはオーナーの不安です。
こんなもの飲み込んじゃって大丈夫かな?という不安。
その不安の解消を期待して動物病院へ向かいます。
獣医師はその異物は写らないだろうとすぐわかる。
でも何か手がかりを得られないかX線検査を試みる。
結果、やはり異物は写っていなかった。
何かヒントになる所見も、今回は見いだせなかった。
さあどうする?
吐かせてみようか?出てくるかもしれない。
しかし吐かせても何も出てこなかった。
異物は本当にお腹の中にあるのか?
実は飲み込んだと思い込んでいるだけ?
そのまま様子を見ても大丈夫なの?
あるかどうかもわからないのに獣医師は無責任なことは言えない。
じゃあ、どうしたらいい?
試しに開腹手術をすればハッキリするけど・・・
当然、オーナーは開腹なんてしたくない。
じゃあ、今は様子を見るしかない。
腸閉塞になれば苦しがったり吐いたりするから、そうなったらすぐ来院してね。
獣医師の提案は間違っていない。
しかし不安は何も解消されていない。
なんとかしてほしくて来たのに。
ガッカリとイライラが募る。
そういえばさっきレントゲンじゃ写らないとか言ってなかった?
写らないのにレントゲン撮ったの?
どういうこと???
何も解決してくれないくせに。
ガッカリはやがて不満や怒りに変わっていく・・・・・
と、こんな感じの心理の変遷が予想されます。
だから獣医師は結果さえ出せばいい。とか、結果さえ出てれば説明なんか雑でいい。とかそういうことが言いたいのではありません。
臨床をやっていれば100%常に良い結果を出せるとは限らないので、結果が出なかった時のオーナー様の心理も予想して丁寧に用心深くインフォームをすべきだと特に若手の獣医師には提言したいと思うし、オーナーの皆様にはこういう場合のX線検査が金儲けのための無駄な検査とは限らないというご理解をお願いしたいと思う次第です。
それから最後に、この「吐かないなぁ。じゃあ開腹する?したくない?じゃ様子見て」
と獣医師に言われてオーナー様がモヤモヤするこのパターン。
当院にセカンドオピニオン来院するオーナー様から聞かされる不満話のトップ3に入ります。
これ、話の流れとして間違ってはいないですけど、何も問題が解決されていませんよね?
そんな時!
当院のように内視鏡が得意な病院なら・・・・・・えっ?しつこい?またそれか?そうですか、はいすいません、おしまいにします。
執筆者プロフィール
港北どうぶつ病院 院長
新井 勇人Hayato Arai
資格・所属
- 獣医師免許番号 第41079
- 横浜市獣医師会所属
経歴
-
麻布大学卒業
-
平成14年4月〜
横浜市内動物病院勤務
-
平成17年1月〜
横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事
-
平成20年3月〜
横浜夜間動物病院 院長就任
-
平成25年2月
開業準備のため退職
-
平成27年~
港北どうぶつ病院 開業