誤飲コラム
犬猫が中毒物誤飲時に牛乳を飲ませることの是非について
今回は牛乳についてのお話。
と言っても
牛乳を飲んじゃったけど大丈夫か?
という話ではありません。牛乳は中毒物ではないので。
牛乳を犬や猫に飲ませるのは是か非か?
という議論もここではしません。
犬猫に牛乳を飲ませて下痢したりすることはあり得ますが、だから飲んじゃダメ!と簡単に決めつけるべきことではないし、牛乳を飲ませると良いですよ!と気軽にも言えません。生理学、栄養学、アレルギーなど様々な視点からの複雑な議論になること必至で、このサイトの趣旨ともズレるのでここで長々書く気もありません。
ここで取り上げる牛乳に関するトピックスは
「動物が中毒物を誤飲してしまった時に牛乳を飲ませると良い」
という情報に関してです。
試しにネットで「誤飲 牛乳」とか「中毒 牛乳」とかで検索してみると検索上位にくるのはほぼ人間の誤飲時の解説で、そこでも牛乳を飲ませることの是非に関して色々な意見が書かれていました。
こりゃあ確かに混乱しますね・・・。
とは言え、確かに牛乳飲ませればなんでもOK!という単純な話ではないのは事実です。
なので、まずは主にネット上でまことしやかに語られている主な論説を箇条書きでまとめてみます。
1,中毒物によっては牛乳を飲ませることで症状を軽減できる可能性がある。
2,効果のメカニズムとして考えられているのは二つ。一つは、牛乳が胃腸の粘膜をコーティングするような作用により、中毒物の粘膜からの吸収を妨げる。
3,もう一つはアルカリ食品である牛乳が酸性の中毒物を中和して弱毒化してくれる。
4,しかし全ての中毒が軽減される訳ではなく、逆に牛乳を飲ませることで悪い状況を引き起こす場合もある。
5,悪化のメカニズムとして考えられているのも二つ。一つは、無理に飲ませて気管に入り誤嚥性肺炎を引き起こす可能性がある。
6,もう一つは脂溶性(油に溶け込み易い性質)の中毒物の場合、牛乳の脂肪分に溶け込んで体内への吸収が高まってしまう。
3の「アルカリ食品なので酸性の中毒物を中和~」という部分に関しては、真逆の「牛乳は酸性なのでアルカリ性の中毒物を中和してくれる」という説や、「牛乳は酸性だが飲むと胃の中でアルカリ性に変化する。だから酸性、アルカリ性、どちらの中毒物にも有効」みたいな、ホンマかいな!?というぐらい都合の良いことが書いてあったり、「生乳か加工乳かでpHが異なる」とか、もう本当にややこしくて、そりゃあ慌ててネットを検索したオーナーの皆様は混乱するよなぁと納得の情報錯綜っぷり。
そんなネット情報の大海原で皆様が溺れることのないようにとシンプルな情報を提供するつもりでしたが、既に長々と書いてしまっていることに気づきました。
という訳で、もうこれ以上ダラダラ書かずに、いきなり私なりの見解を。
牛乳を頑張って飲ませたり、飲ませて良いのかネット検索しているその時間がもったいない。
動物病院に向かいましょう。
某論文検索サイトで中毒時の牛乳の有用性を証明するようなものが無いか検索してみましたが、ほとんどヒットしませんでした。しかしネット上の無責任に書き散らかした情報サイトだけではなく、「日本中毒情報センター」の公式サイトや、人間の医師達が主催する救急医療の協議会公式ガイドラインなどにも「場合により牛乳を飲ませることは有効」と当たり前のように書いてあります。人間でそうなので、犬猫でも有効な場合はあると考えて良いと思います。
しかし、どんな場合でも有効ならともかく、有効な場合があるけど、無効の場合もあるし、むしろ悪化させてしまう場合もある。
このような中で、愛犬・愛猫が中毒物を誤飲したのを発見した大慌てのオーナーが、正確に「この場合は牛乳が有効だ!」とか、「牛乳は状況を悪化させる!」とか一瞬で判断することは現実的に困難だし、ましてやグッタリしている動物に無理に牛乳を飲ませて誤嚥でもさせたら余計なリスクが増すだけです。
ネットを開いて「え~っと、この場合は牛乳は有効か?」とか「正しい牛乳の飲ませ方は?量は?」とか検索しているヒマがあったら、その間にかかりつけの病院に(夜間なら救急病院に)駆けつけて獣医師に適切な判断をしてもらったほうが遥かに時間のロスは少なくて済む筈です。
中毒物摂取時に何よりも大事なのは摂取から治療に入るまでの時間です。少しでも早く対応することが出来れば、それだけ救命率は上がります。牛乳を飲ませたかどうかよりも、飲んでから何分経ったか?のほうが遥かに大切なのです。
ついでに、これは私の経験的な話になりますが、今まで救急医時代も含めて恐らく何千という中毒物誤飲症例を対応してきました。その中には来院前にオーナーが頑張って牛乳を飲ませてきたという症例も数多くありましたが、その牛乳のお陰で一命をとりとめた、とか症状が顕著に緩和されている、と感じたことは思い出せる限りでありません。
逆に、無理に牛乳を飲ませて誤嚥性肺炎も併発してしまったり、内視鏡を入れたら胃の中が牛乳で真っ白で何も見えず、胃洗浄を追加実施するはめになったりと、デメリットな思い出はいくつか思い出すことが出来ます。
結局ダラダラと書いてしまいましたが、まとめます。
牛乳を飲ませることで中毒症状の緩和が期待できる場合は確かにあるようです。
しかし牛乳を飲ませたかどうかで天と地ほどの差が生じるかというとそこまでではない。むしろ少しはマシかもね?程度。
その小さなメリットを得るために、今のこの場面は牛乳を飲ませたほうが絶対に良いと確信が持て、なおかつその動物が自ら好んで牛乳を飲んでくれるのなら、飲ませるのはありでしょう。
しかし、なんの中毒物を飲んだのか判らないとか、この中毒物に対して牛乳はいいんだっけ?とか、こんなにグッタリしているのに飲ませて大丈夫かな?とか、少しでも”迷い”が生じるなら、そこで苦労して飲ませたり、ネット検索に時間を割くよりも、一刻も早く動物病院に駆け込んだほうが絶対に良い。
以上です。
ネット検索すると、牛乳を飲ませたほうが良い中毒物と、飲ませてはいけない中毒物が色々書かれています。
しかし、例えばパラジクロルベンゼン中毒に牛乳は禁忌とか書かれていても、それって何?と思いませんか?
殺虫剤の成分なのですが、同じような商品でもエムペントリンという別の成分のものもあります。
そっちの場合は牛乳との相性はどうなの? わからないですよね?
ましてや慌てているオーナーが冷静に、短時間に、正確に、それは判断しろというのはかなり無理がある。
要するにネット上の情報は机上の空論ばかりで、慌てているオーナーが読むことは想定されていないなと感じたので、もう少し救急現場の現実に即した意見としてやや乱暴かもしれませんが書かせてもらった次第です。
執筆者プロフィール
港北どうぶつ病院 院長
新井 勇人Hayato Arai
資格・所属
- 獣医師免許番号 第41079
経歴
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麻布大学卒業
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平成14年4月〜
横浜市内動物病院勤務
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平成17年1月〜
横浜夜間動物病院(現・DVMsどうぶつ医療センター横浜)にて救急医療に従事
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平成20年3月〜
横浜夜間動物病院 院長就任
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平成25年2月
開業準備のため退職
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平成27年~
港北どうぶつ病院 開業