症例紹介
傷つけ・詰まる異物
内視鏡による摘出
猫/ひも2
誤飲の詳細
今回はオーナー様へ注意喚起したいことがいくつかある症例をご紹介します。
今回も前回と同様に猫です。
ヒモの誤飲と言えば猫
猫の誤飲と言えばヒモ
・・・というほどではないのですが、動物の誤飲案件全体で見たら圧倒的に犬のほうが多いのに、ヒモの誤飲だけに限定すると当院では猫のほうが多い。
これってなぜなのでしょうか?
諸説あります。
元々猫はヒモ状のオモチャとか猫じゃらしみたいなのが好きですよね。激しくじゃれつく動画などはInstagramなどでも枚挙に暇がありません。肉食動物の狩猟本能みたいなものが関連しているんでしょうかね?
犬も猫じゃらしに夢中になる子もいなくは無いでしょうが、猫ほどは見かけない気がします。実際猫じゃらしとは言うけど犬じゃらしという言葉はあまり聞かないですよね。
つまりまずベースとして猫のほうが犬よりヒモに執着や興味がある特性がある。
そして興味や執着を示すと何をするかと言うと、最初は手で突っついたりですが、やがては口でパクっとくわえてみます。
くわえるとどうなるか?
猫の舌は犬と違い物凄くザラザラしているので布製のヒモ等だと舌の上に乗っかるだけで、ちょっと引っ張るぐらいでは剥がれないぐらい舌に張り付いてしまうことがあります。
その状態は不快なので、なんとか引っ張って取ろうとしますが、猫の肉球では人間の手のようにギュッと握って強く引っ張ることはできません。
更に猫は人間のように、ペッ!と吐き出す動作ができません。
これは猫に苦い薬を飲ませようとして苦労したことがあるオーナー様なら分ると思いますが、無理やり口の中に薬を入れても、苦みに気付いた途端、口と舌をクチャクチャ動かし涎をダラダラ垂らしながら半分溶けかかったお薬を口の端からドロッと吐き出す・・・・・みたいな拒絶はしますが、ペッ!と吐き出す猫を目撃した人はいないのではないでしょうか?
で、クチャクチャ、ダラダラとやれば錠剤なら口から出ていきますが、舌に張り付いたヒモは出てくれません。
いよいよ不快でイライラした猫はどうするか?
引いてダメなら押してみようという発想なのでしょうか?
仕方がないから、ちゅるちゅると飲み込んでしまうのでした。
上記理屈には私の推測も含まれているので、犬より猫にヒモ状異物誤飲事例が多い理由が全てこれで説明がつくという話ではありませんが、そんなことより私が何を言いたいかというと、シンプルに猫の周りにフリーのヒモ状物を放置しておくことは大変に危険ですよ。ということです。
だいぶ前置きが長くなりましたが症例をご紹介します。
4才のアメリカンショートヘア、男の子です。
近隣の病院からの紹介でご来院頂きました。
お話を訊くと、一昨日の昼に140cm(!!!)ほどのヒモを飲み込んでしまったようだが、何も症状は無かったので便と一緒に出るかな?と様子を見ていた。
しかし今朝嘔吐した。吐いた時に吐物と一緒に口からヒモが出ているのが見えた。なので慌ててヒモの端を掴んで引っ張ったがヒモは口の奥から抜けず、猫は非常に嫌がって暴れた。
そのため引っ張り続けるのが怖くなったが、そのまま口からヒモがピロっと出ている状態で放置するのも良くないと思いハサミで口から出ている部分を切断した。
猫は安静を取り戻し、普段と変わらない様子に。
しかし身体の奥にまだヒモが残っていることは間違いないので怖くなり、かかりつけを受診→そこから当院へ紹介。という経過であることが判明しました。
ここでオーナー様がとった行動は全く真っ当なものだったと思います。
口からヒモが出たままの状態が良い訳がないので、なんとか抜いてあげようと引っ張ってあげることも、それが叶わず、ならばせめて口から見える分だけでも除去してあげようとハサミで切ることも、愛する動物を想えばこそ何か私が出来ることは無いか?という想いが滲み出ています。
しかし、この文章を読んだ皆様には是非覚えておいて頂きたいのですが、上記オーナー様の行動の中に、動物がヒモ状異物を誤飲した際にやってはいけない行動が複数認められますので、以下に挙げます。この機会に頭の片隅に入れておいていただけるといざという時に役に立つかと思います。
1,ヒモ状異物を飲み込んだことを確実に把握しているのであれば、便から出ることを期待して待つべきではない。
今回のように長いヒモの場合は特にそうですが、誤飲してからの時間が短ければ短いほど、それを摘出する選択肢は多く存在し、時間が経過すればするほど、開腹手術一択になる可能性は高まります。もちろん様子を見ていれば自然に便と一緒に排泄されましたで解決する可能性もありますので、私はそっちの可能性に賭ける!というオーナー様に対して私は何も強制力を有していません。が、お勧めはしません!と強くここで申し上げておきます。それは「もっと早く病院に連れてくれば良かった!」と嘆くオーナー様の姿を何度も見たことがあるからです。
2,ヒモ状異物が動物の口(あるいはお尻)から出ていた場合、基本的には引っ張ってはいけない。
基本的にはと書いたのは、例えば口からピロっと出ているヒモの長さが5㎝だったとして、全長7㎝ぐらいのヒモならスルッと取れて問題解決です。なので軽~く引いてみるぐらいはむしろしてみるべきだと思います(もちろん動物が興奮状態で咬まれるリスクなどがあれば話は別です。お勧めしません)。軽~く引っ張ってなんの抵抗も無く抜けてしまえば良いですが、少しでも抵抗を感じたら、それ以上は絶対に引っ張ってはいけません。今回の症例のように1m以上ある場合はほぼ抵抗がありますので、それを無理やり引き抜こうとすると、ヒモが粘膜に食い込んで重篤な損傷を起こす危険性があります。なんとかしてあげたいというオーナー様の気持ちは良く判りますが、事態を悪化させてしまう可能性があるので絶対に控えて下さい。
3,口から垂れさがっているヒモ状異物を切ってはいけない。
引っぱっても抜けない場合に、口からブラブラと垂れさがっているヒモはさぞ不快だろうという想いで、せめて切ってあげようと試みるオーナー様は多いですが、これも出来れば控えて下さい。長いヒモの一端を確保できているという状態はなんらかの摘出処置をする場合に非常に有利な状況となり得るので、余程のやむを得ない状況でなければ、切らずに確保した状態で連れてきてもらえると、摘出する側としてはありがたいです。
是非、オーナーの皆様には、もしもの時のために覚えておいて頂けたらと思います。
まぁそんなこんなはありましたが、今回も内視鏡で無事摘出できました。以前に紹介した猫ちゃんのヒモ誤飲症例は既にヒモが胃の先の腸まで進んでしまっていたうえに、胃の中には大量の食餌が残っているという高難易度な状況でしたが、それに比べると今回は胃の中は空なうえに、ヒモの先端側は既に腸に入りこんでいましたが、反対側の端はまだ胃の中に残っていたので、はるかに把握しやすく摘出は容易でした。
摘出動画のダイジェストです。
難易度は前回ほどではなかったのですが、ヒモを内視鏡で摘出する時にはコツがあります。
動画内でもやっているのですが、胃に入ってすぐにヒモが見えても、そこを掴んですぐに引っ張るのではなく、先端がどこまで到達しているかを可能な限り追いかけて、先端側を把持することです。
そこから引っ張ってくるとだいたいスムーズに摘出できます。
それをやらずに見えたところを無思慮に掴んで引っ張ってしまうとヒモが腸に食い込んでしまい、抜けなかったり、腸の粘膜を傷つけてしまったりします。
こちらは実際に摘出したヒモの写真です。
上の白いヒモはオーナー様に持参頂いた同じもの。下の汚れたヒモは実際に摘出したもの。
無事に摘出し、翌日に体調の崩れが無いか連絡させて頂いたところ元気に過ごしているとのことでした。
前回もそうでしたが、なんだかヒモ状異物について書こうとすると純粋な症例報告にならずコラムのようになってしまいます。
まぁオーナー様に有益な情報を提供することを使命にしていますので、別にいいか・・・。
今回は以上です。
行った処置
内視鏡による胃~十二指腸内のヒモ状異物の摘出